2021年4月12日月曜日

また這い上がればいい



4月8日、約1ヶ月半ぶりにコンサルティング再開

まぁ、終始ニヤニヤ、むふむふが

止まらなかった。

出来てない事が盛りだくさん なのに

楽しい楽しい。



アウトプットが始まって、コーチ役の自己練習で

膝を痛めてしまった。

休養を余儀なくされた直後は、いつもの

「なんでやねん!」

が発動したけれど、年明けから感じている感覚に

身を任せてみたら、なんとも贅沢な時間となっていた。

膝と腰の痛み、頭痛と嘔吐

もう、寝るしかなくて、そこに罪悪感なんて一ミリもなくて

心底休めた。

過去の練習の仕方が悪かったのかとか

未来、再開してもまた1から、なんならマイナスからやん

と彼方此方へ行く暇はなく笑

今の自分に寄り添って

1番優しく出来たんじゃないかな?

ある日、メイクをして仕上がった自分の顔が

随分穏やかになっていた。


ああ、そういう事ね。

受け入れる、受け取るって。


腑抜けになってしまったのか?

だらしなくなっちゃって。。。

と、今までの私なら自分に厳しくダメ出しし

早く何とかしないとと、もがいてただろう。

宇宙からのドラム缶だと騒いでいただろう。


この世は対極

コントラストの世界

欲しいのはドラム缶じゃない

欲しいのは宇宙からのギフト

どこに意識を向けるかでそれは

ドラム缶にもギフトにもなる。

自由だ。


必要があり、起こること。

人生には何一つ無駄な事は起こらない。

全て必然、完璧な流れ。


大きく後退してしまったかもしれないけれど

おかげさまでまだ生命はある。

また這い上がればいいのだ。

それがやりたい事なら尚更に。


人生、山あり谷あり

絶好調の時は目一杯、調子に乗って行こう。

絶不調の時は焦らず、自分に寄り添って優しく

身体の力を抜いて、感じよう。

そしたら自ずと浮上する。

そう、また何度でも這い上がればいい。

























2021年4月9日金曜日

25年 

 

2月11日、京都へ

友達のお店の周年記念イベントと母の墓参りに行った時のこと。


25年という時の流れを、パフォーマンス、ダンスにて

表現されていた。


自分の人生を生きるとは

なんと芸術的なんだろう。

自分の人生を、魂で生きることそのものが

芸術なんだ

今更ながら気づかせて貰えた、とても貴重で

本当に豊かな、贅沢な、最高の時間だった。


一人ひとりの人生が

宇宙の芸術作品


彼女から、何やら面白い世界があるらしいと

遊びにおいでと誘われて

びっくり驚きはしたけれど、嫌悪感は不思議と

全く湧いて来ず、すんなり受け入れていた。

むしろ、ホンマや面白いと

見るもの聞くもの、経験するもの

自分に驚きと意外性を見つけ

関わる人達の純粋さや優しさ、繊細さに感動したり。

大きなターニングポイントになった。


この世は、3次元では必ずその存在は対極となる

よくある例えでコインの裏と表

光と闇

性に関することでも殊更

密なる部分、秘めたる存在

アブノーマルな位置付けをされてきたSM

性の中でも闇のパートだったのではないかと思う。

SMと聞くと、ムチ、ローソク、縄や拘束具の

イメージ、そしてボンテージファッションだったりするんじゃ

ないかと思う。

それらは象徴にしか過ぎず、その瞬間瞬間の心の有様が

表現されている。


25年経った今、こんなふうにブログで綴れるほどに

様変わりした世界。


縄を自由自在に操る緊縛師としての彼女の台詞が

頭から離れない。


縄はそもそも自由なのだ


自らを無駄人と呼ぶ彼女は

いつも自分に嘘をつかずに、湧いてきた思いに忠実に

誠実に生きている。

常に枠を壊して未知なる世界に挑む姿

それはとても美しく潔くて眩しいくらいの輝きを放っている。


自分自身を愛して

自分の人生に誇りを持って

自分の好きにまっしぐら


いつもいつも見せてくれる世界に

私の枠は気持ちいい位に木っ端微塵に

壊される。



奥さん、25周年おめでとう。

いつもめっちゃ格好えぇなぁ。

それでもって、ありがとうなぁ。




             京都 BAR BARA 25周年記念公演





母の形見の着物で

4月7日は十三回忌でした

















2021年3月15日月曜日

ときめきを忘れない

 



膝を痛めて、コンサルティングをお休みしてる現在

始めは2週間程度で再開出来るかなと

目処を立てていたけれど、一向に良くならず。

焦らず治るのを待つと決めてたのだけど

毎朝、毎朝、膝の状態を確認する度に

どんどん追い詰められていたようで。

まるで自覚してなかったけれど

身体は嘘をつかなくて。


前回のブログを書く直前から、頭痛が発作のように起こり始め

動こうとすると頭痛からの吐き気や眩暈に襲われて。

いよいよ、寝込むことになってしまった。


やっぱりお前はダメだなぁ


これを再び聞いて、それが本来の姿だと

過去へと引きずり戻されて。

過去に戻ることで安心を得られて恐れから

回避出来る。


本音や弱音は見せられない

(今は丸見えだけど滝汗)

見せたら最後、寝首を掻かれると

ずっとずっと身構えてた。

(一体、誰にだ?)



私の中の戦争が終わろうとしてると思う。

全面降伏だ。

そのための時間かな。


初めてASAMI先生を知った時の衝撃を

思い出す。

先生はもちろんのこと、集う方々は

雲の上の存在

けれど、そのことはさほど引っかからずに

ただただ、わぁ!いいなぁ!

こんな世界で生きたい!

ハイヒールが好きだった事を思い出した!

SNSで拝見しながらずっと

ワクワクしてた。

ときめきが止む事はなかった。


今、望みが叶っている現実と、とてもしんどい状況。

過去に経験してきたしんどさとは違う。


深く自分と会話する時間が持ててる今

幸せなことこの上なく。


ときめきがここまで私を連れてきてくれた。


コンサルティングが後半に差し掛かり

老婆心の強い私は、コンサルティングが終わってしまう

寂しさを想像して自らを憂いている。

幸せな時間が終わってしまうと。


だからこそ、初めてのあの衝撃、ときめきを忘れない。

これから幸せな時間は続いて行くのだと。

幸せとは自分の思い通りに、嫌なことが起こらない事を

指すのではなく、全てひっくるめて感じる事なのだと

ようやく理解し始めた。



未来の私より


安心して今を味わいなさい

そして、戦国時代のような思いは終わろう。

終戦宣言を。

起こる全ては、経験は、必ず活かす場面が

やってきます。


初めてASAMI-PARISの存在を知った衝撃と

止まないときめきをいつも共に。

それが何より大事な核です。


初心忘るべからずです。


ちゃーんとコーチとして

立ててるからね。

もっと自分を信じてね。



















2021年3月8日月曜日

真善美



ブログはどうやって書くのか?

書き方を忘れてしまうくらいに間が空いてしまった。


官能、性について

今までは安全、安心を感じられる相手とでしか話して

来なかったから。

ブログで書くのは躊躇われ。

何故なら

生きる意味、存在意義は

そこで感じて来た。

私にとって、生きる為にとてもとても大切で

どこから書けばいいのやら

どこまで書けばいいのやら

あれやこれやと浮かんでは来るけど

まとまらない。

ならば諦めて、浮かぶまま

今迄感じてきた事をその都度

書くのがいいのかなと。


真…自分に嘘をつかない

善…自分が喜ぶことを選ぶ

美…自らの美を表現する


自分で掲げておいて大きく裏切ってしまう

ところだった。。。



エネルギーは身体で感じるものだから。

身体は嘘をつけないから。

五感を開き、感じ、味わい

自分の快感を知ること。

その表現する最たるものが

まぐあい

make love

自分とは何かを知る行為。

本来のパワーを取り戻す。

一(いつ)なるものから分かれてきた

あなたはわたし

わたしはあなた





食事、食べるという行為はとてもセクシーな行為だと思う。

使われている食材に、関わる人達に思いを馳せて

使われている器、盛り付け方を目で見て感じ

香りで嗅覚を刺激され

調理や注がれる時に生じる音

いよいよ口に含み触れた唇の感触

舌触り、噛んで味わう味覚

飲み込む喉越し

生命を頂くこの行為は

自分の持てる感覚をフルに使い

自分に集中して

自分の快感を知る行為

パワフルな

そしてとても美しく神聖な行為


故に、そのメインで使われている口腔は

いつでも整えておくのはエチケットであり

マナーではないかと思う。


官能って性的表現を指すことが多いけれども

五感を使い感じる行為すべては

そこに繋がっている。





























 

2021年2月4日木曜日

強力助っ人登場‼

 

待ち望んでいたノートパソコンが

遂に遂にやってきた!


iPhoneとiPadでやりくりしてたけど

パソコンでないと出来ない作業があり

ずっとこの時を楽しみに待っていたのだ。


パソコン操作が久しぶりで

思いのほか悪戦苦闘している。

BTOパソコンなので

必要なソフトは自身で揃えていく必要がある。

レッスン同様、悪戦苦闘がこれまた楽しい。


明日のコンサルティングは

ノートパソコンで受講出来そう。



一つずつ一つずつ整っていく

あーもう、ありがとう。













2021年1月22日金曜日

ピアノ

 

夢や望み

ない事にして、消してしまっている。

いつから無い事にしてしまったのだろうかと

考えていたら、私の場合

妹が生まれたタイミングで

思いを口にすることを止め始めたっぽい。

「お姉ちゃんなんだから」

「わがままだ」

やってみたいな、どうかな

これ、話して大丈夫かな?

話したいけどな?

と思う事も全て打ち消した。

そしたら、自分が分からなくなった。


だけど、本当に望んでいる事は

経験してみたい事は

ずっとその時を待っている。




昨年からそれは事あるごとに

チラチラと浮かんできて。

お菓子作りも一つで、コレは叶えてあげれた。


年末からはっきり浮かんできてしまった夢


ピアノを弾きたい


楽器の中で、ピアノが1番好きで

音はもちろん、演奏されてる姿を見るのも大好きで

ファンになった方々がコッソリ練習して

サプライズでライブでピアノ演奏を披露され

感激したり。

(ピアノって、大人になってからでも出来るんだ。)

(でも、他の楽器が弾けるからだよね。

センスの問題かぁ。。。)

としっかりと蓋をしていた。



コンサルティングを受け始めてから

ハイヒールの哲学に触れてから

望む事、夢見る事に許可が降りたと思っている

「私」は

マンホール並みに硬く重い蓋を

こじ開けようと突きつけてくる。




ASAMI先生のblog 私の生きる美学より

お写真お借りしました


こちらのお写真を拝見した時

衝撃が走った。

憧れの白いピアノの前に座って

愛しい我が子を抱く姿

愛する母に抱かれて無邪気にピアノと戯れる姿

どちらも「私」の姿が重なって見えてしまった。


子どもを授かったなら、ぜひピアノに触れさせてあげたい。

ただただ興味が湧き、ピアノを弾いてみたい。


ピアノなぁ。。。

ピアノ、弾いてみたかったなぁ。。。

と浮かんでは消えて、浮かんでは消えて

目にしたのは上のお写真。


先の見えない今

そんな呑気で悠長な事を考えている場合では無い。

コンサルティングに集中しつつ

お金を稼ぐ事を考えなければ。

再び、頑丈に蓋をしてやり過ごす。


クリスマスに純正律のピアノ演奏を

鑑賞する機会に恵まれた。

一昨年ミューザ川崎で感激し、私にしては珍しく

先の予定になる昨年のチケットを購入していた。

コロナ禍で一時は開催中止になりかけたそうだが

無事開催された。


やっぱりピアノはいいなぁ。


ピアノ、弾きたい

思うのは自由やないか?

頭の中で楽しく妄想して遊ぶ。



3日前

大好きな元有名ブロガーさんが

楽譜も読めない状態から

ピアノの練習を始められた。

4月のライブでお披露目するらしい。


望む事、夢見る事

いくつになっても

どんな状況でも

自分にさせてあげよう


ASAMI先生も

口酸っぱく仰っている

「全てはエネルギーなんですね」


実際には

ピアノに触れる機会には恵まれないかもしれない。

ピアノを弾いてみたい

これに自分が賛成して

どんな風に?

どこで?

なんの曲?

そばに誰がいるの?

なんて考えていたら、ニヤニヤしてくる。

この時、私から出てるエネルギーは?

悪いわけがない。



本当の本当の望みは

気づいたら

どんな形であれ

そちらの流れになるようになっている。


ASAMI先生と繋がりたい

ハイヒールコーチになりたい


当時の現実、環境だけを見れば

未来となっている今は、絶対にあり得ない。


自分から出てるエネルギーは

いかがなものか?

自分から湧き上がる望みや夢

感じたこと

我慢させずに大いに賛成してあげよう。
























2021年1月5日火曜日

褒めて育てる

 



日付が変わってしまいましたが

4日、今年初のレッスンでした。


生理2日目というコンディション

ただでさえ間が空いているというのに

けれど、身体の流れには逆らえないので

諦めて受け入れて臨んだら

思いのほか、頑張ってくれた。



相変わらず右半身が弱くて、イライラする。

イライラしてた。

少し、頭の中を変えてみる。

ASAMI先生が、ジェラシーと表現された事を思い出す。

何故出来ない⁉︎

と責めるより、もう少し、もう少し。

そうそう、その調子。

良いねー(←ハードル低い。苦笑)

右半身の機嫌はちょっとずつ良くなり

膝にも力が入ってくるようになった。

右が健気に頑張ってくれてるのが感じられて

とても嬉しかった。


褒めて育てる

私が私にしてあげられる事の一つ。













2021年1月1日金曜日

あけましておめでとうございます

 


とても心地よい、穏やかな朝

ネイチャーな姿で

ストレッチとエクササイズを行った

うん、やっぱり気持ちいい。

何も身に纏わないことでより感覚が立つ。

節目の今日から、この状態で朝の儀式を

行うと決めていた。


儀式を終えて

産土神社へ初詣に。

ちょうど神楽祈祷が行われており

歓迎され祝福のお裾分けを

いただいた。


桜さんにもご挨拶して

今年の抱負を聞いてもらった


今年も宜しく頼みます。

満開に咲く姿、楽しみだよー



新年

あけましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いします


2020年12月31日木曜日

2020年振り返って




1月、不安と恐怖の中にいた。

いくら考えても明るい未来は描けなかった。

その中で

どうせ叶わない、けれど

望むのは自由だし、言うのはタダだと

とあるコミュニティの新年会に参加した時

全員が今年の抱負を発表する場面があり

『ハイヒールコーチになり、日本とフランスを

行き来する生活を送ります!』

と宣言していた。


2月、不安は想像通り

気分も体調も悪い中、どうにか引っ越した。


3月、借りていたマンションの明け渡しに

トラブルがあり、どうしようと悩む。

もちろん夫は頼れるはずもなく

友に知恵を借り、助けてくれる仲間を得た。

就職活動はままならず、コロナの影響は

あっという間に広がりを見せた。


4月、なんとか就職出来て

離婚に向けての一歩を踏み出す事が出来たと感じていた。

誕生日を迎えて

残り10年、ホッとする気持ちと

後10年もあるのかという気持ちが

行ったり来たりしていた。

そして初めてASAMI先生と繋がれた。

もう、感無量で泣きっぱなしだった。

思いきって申し込んだ自分を褒めたい。


5月、就職をきっかけにお金の事で

再び夫婦間でトラブルが絶えない日々だった。


6月、貴子様のおしゃれの壺セミナーを受講した。

そして離婚を決意し、告げた。

同時に、自分を大事にして生きると決めた。

手放すべきものは「同情の手繋ぎ」というメッセージを

受け取ったのもこの頃だった。


7月、宇宙からのお試しであり、ギフトでもあった

脳科学コースを受講する。

この選択は本当に感謝する。

よくぞ勇気を出して受講してくれた!

大きく流れがかわり出すきっかけとなった。


8月、脳科学コース受講中に

コンサルティングを受講することを決める。

そしてこちらのブログを開設した。



私の運勢の流れでは完了の意味をもつ2019年から今年

2つ思い当たる事がある。

兆しは昨年から確かに現れて、今年締めくくる流れに。


年の瀬、このギリギリにメッセージは届いた。

それは「安堵」、「安心」


ちゃんと、頑張らないと

ちゃんと、やらないと

ちゃんと、支払わないと

人に迷惑をかけてはいけない

人に頼ってはいけない

人に甘えてはいけない


全てにおいて当てはめていたのを

やめてみたら

奇跡は起きた。

ジェットコースターに乗っかってるような1年だった。

起きた事、人、全部に感謝出来る1年だった。


今年もあと数時間。

皆様、ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。








2020年12月30日水曜日

早口言葉




先日の外出は

コンサルティングを受け始めてから、1番長い距離を

ハイヒールで歩いた日だった。

途中から汗が滲み、目的地まで辿り着けるか

不安になってきた。

歩き始めると踵が浮き、パカパカと脱げてしまう。

ワンサイズ小さくしたにも関わらず

まだ大きかったようで。

何度も立ち止まっては歩き始める。

ひょこひょこ?

ぴょこぴょこ?

なんとも情け無い歩き方に、終いには

なんだか可笑しくなってきて。

あ。

『カエルぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ

合わせてぴょこぴょこ6ぴょこぴょこ』

歩き方の残念具合から

脳内では早口言葉が思い出された。

この早口言葉、上手く言えないねんなぁ。

歩き方とおんなじやん。

歩けるようになった頃には

この早口言葉も滑らかに言えるようになるかな?

それとも言えるようになった頃、歩けるかな?

どっちが先だろねー?


呆れる程、呑気な脳内に

良い意味で開き直ることが出来た。


上半身を整えて

歩幅を更に小さくして

腕はアクセサリー


出来るところ、整えられるところに

意識を向ける。

今、この世界には私だけ。






















 

2020年12月26日土曜日

ベジタリアン




もう、5年くらい経つ

お肉を口にしなくなってから。

ある日、牛肉を食べた時

眉間が痛くてどうしようもない状態になった。

知人が以前に

サーロイン等の脂が多いお肉を食べた時

痛くなると言っていたのを思い出し

私もそうなのかなと、その時は

やり過ごした。

けれど次の機会でも、やっぱり痛くて

食事を続けるのは困難で。

しかも、お肉全般に同じ反応。

元々、魚の方が好きなのもあり

食べられなくなった事に特に残念な思いを

する事はなかった。

ただ、様々な加工食品にお肉のエキス等が

使われており、うっかり口にすると

同じ症状が出るか、お腹を壊してしまう。

五感の中でも嗅覚が鋭い方で 

お肉、魚、卵の香りにもかなり敏感に

なってしまった。


動物愛護の思いもあり

スーパーで安価で売られている卵は

食べられなくなり

平飼いで鶏がのびのびと暮らしている

(だろうと思われる)

ところからお取り寄せ。

鶏を自分で飼って卵をいただくのが夢なのだ。

最近はお魚を口にする機会も

かなり減ってきている。

食事の回数も1日1食の事が多い。


食事は1日3回って?

身体に必要だからって?

これも誰かからの刷り込み、思い込みなのではないかと思う。

生活スタイルも好みも誰1人同じではないのに

食事だけは同一って、かなりの違和感を感じてしまう。

お酒が飲める人、全く飲めない人と分かれるように

個々に必要とするものが違うのではないかと思う。

以前にも書いたけど3大欲求を大事にする中に

食欲が含まれる。

この食欲にも関係してくる。


ベジタリアンになった事がきっかけで

自分の食欲とかなり向き合う事となり

以前より上手に付き合って行ける。

何より大幅に体重が増加したり

また極端に減少したりという事がなくなった。

万年ダイエッターだったのがウソのようだ。










また這い上がればいい

4月8日、約1ヶ月半ぶりにコンサルティング再開 まぁ、終始ニヤニヤ、むふむふが 止まらなかった。 出来てない事が盛りだくさん なのに 楽しい楽しい。 アウトプットが始まって、コーチ役の自己練習で 膝を痛めてしまった。 休養を余儀なくされた直後は、いつもの 「なんでやねん!」 が発...